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2019年5月13日 (月)

壊れた叙情の散文詞。

細かく語れることではないのだが2年ほど前にあった出来事が忘れようとしても忘れたくても
日常のあらゆる隙に絡みついて想起される毎日を繰り返し
この1年くらい自分の人生に焼きつき続けた。

人間関係の中にいるとそれは遠い知らないよその国のように思え、
好きなことをしようと向かっても「その出来事」が形を様々に変えて頭の中に浮かびだしてくる。
笑ってる日常が理不尽で片付かない事で消えるという目で見えるようになってしまった。

私は「その出来事」というものの当事者ではないのだが
その傍らでどうする事もできず、無力感に苛まれ
結果的に一人の人が何の落ち度もない事で壊されていく様子を見ているだけだった。

その過程で人生でここまで他人の事で逡巡した事があっただろうかと悩んだ。
そして最後、
私は何の落ち度もないその人の手を離してしまった。

「その出来事」に接していた期間は1年を超えるかどうかだったが
自分の信じていたものが消え
価値観はひっくり返り
無力感に絶えず苛まれ
罪悪感と自分への失望に今も責められるような想いが続いている。

「当事者」にしてみればこんなものとは比べものにならないくらいだろう。
自分もそのまま手を離さなかったとしても良かった結果というのは全く想像が出来ない。
つまりは逃げたのだ。

この結果だろうか、
笑えなくなり
目の前の出来事は莫迦莫迦しいくらい遠くなり
『楽しい』とは何のことだか解らなくなり
動けない日は「その時」のような無力感がオーバーラップし
自分という人間の反吐がでるような正体が度々ちらつき
誰かと心を通わせる事などもう出来ないのだろうと心底から感じ
生きている感じなどとうに無くなりかけている。

誰かにそうそう話せる「出来事」じゃない。
でも自分には請け負いきれなかった。
そして思い切って話そうとしても誰も他人の不幸話なんて聞きたい訳がない。
そして事は複雑だ。
聞いてくれたという稀有な場面でも『囚われすぎだ』とあまりに判りきった事を言われ
もう話せることはないのだろうと失望を味わう。

「当事者」の彼が度々言っていた。
「もう誰も信じられない」
「誰も助けてくれない」と。
私はこの1年前後、彼が感じたであろう絶望を違う形でなぞっている。
まるでその後を追うように。

自分の信じていたものは簡単に消える。
価値観など簡単に吹き飛ぶ。
ただただ無力だ。
絶えず罪悪感と自分への失望に今も責められるような想いが続いている。
そして理不尽など甘いと言う事がこの世界には実在する。

今がいつもどおりだと言うのならそれが異常だ。

人が壊れて行く姿を見た事がないならただのラッキーだ。

今笑っているのなら絶望を忘れているか知らないかの証だ。

私は絶望を違う形でなぞっていると言った。
<どうしようもない>
どれに向けられた言葉であれ、あまりにシンプルで鋭さのある言葉。

そしてこのまま私は死んで行くのだろうな、と心底から感じた昨今。
もう『ただの日常』は私の中から消えてしまったのかも知れない。

これは断じて遺書ではない。

2019年4月22日 (月)

フラストレーションの向かう先。

ストレスの上に
ストレスを塗りたくり
コルチゾールとは私其の者である。

 _20190422_172228
そりゃこんな事してたらストレス余計溜まるがな。
作るだけ作ってガラにもないカラーリング、どうしたら良いんだ!?

100均でパーツを度々買うが、色が気に入らずエアブラシで塗らずにいられない。
クレオスのGXメタルピーチの出番がやっと来た。
そして最近気に入っている「ビームと下品なピンクならこいつに任せろ」というガイアノーツ蛍光ピンクも何個か薄めて上塗り。
葉っぱパーツはプラ板焼きで地道に作り…
『キエーッ』と叫びそうな姿を頭の中に封印し黙々と作業する指向性に惑う生物。
これを世間では本人の意思に沿わぬ『ドM』と言うらしい。
『雑』の一文字でお返事差し上げたい。

で、もう一回確認。
どうすんのコレ?

2019年4月21日 (日)

酔っ払いの遺伝子の記録。

今年もし生きてたら102歳になる。
100周年とかじゃないんかい、何でまたこの半端な時に思い出した、
もう死んでしまって20年くらい経ったかなー。
私の亡きじいちゃんの話だ。

自分が物心ついた時にはもう既にアルコール依存で、家族に一升瓶を隠されるも物置小屋で「内緒だぞ」と言って私の目の前でコッソリ一升瓶をラッパ飲みし、間もなく家族にその隠し場所と所業が見つかるのを繰り返す…
子供心に「もうちょっと上手くやれよ」と思うほどだったが、一応酒と戦ってはいた頃だったのだろう。
実質負けていたが。
ただアルコールを飲んで暴れたり暴言を吐いたりという事は意外にも全く無かった。
その代わり肝硬変と糖尿病を患い、後に脳梗塞に罹り半身にマヒが残ったものの元気に、いや、無謀にもカブを乗り回したり自転車にも乗っていた。
時代のユルさもあったが「この人マジで危ないんじゃないの?」と思う事もあった。

人間としてかなり問題ありつつもどこか憎めない。あんまり好きになれないけど嫌いになれなかった。
そんなじいちゃんとは一体どういう人生を送った人なのか。
最近無性に気になりだした。
昔の『言わないのが美徳』か分からないが、あまり聞けずに墓に持って行かせてしまった感じだ。
…推測だが本当は自分にあった出来事を大いに話したかったのかもしれない。
何故なら昔の事を話そうとすると決まって祖母に止められていたからだ。

ここからは親や他人伝いに聞いた話も混ざってくる。
じいちゃんが生まれた土地は色々あって今や私に『ついこの間まで縄文式土器作って狩りしてた』とdisられるくらいのド田舎な村なのだが
比較的大きな土地を持ってる家に生まれたそうで、この時代、この地域の人には珍しくそこそこ上の学校まで行ったそうだ。
私の前でなかなかダメな姿を見せる一方で、漢字は難解なものもサラッと書いたり、生活とかけ離れた教養っぷりがチラ見えする事があり
今思い出していてもどういう人か増々一言で言えない感じだ。

そしてこれも結局話すことをすぐ咎められ全体像を把握できなかった話だが
何度か酔っ払ったついでの話で『コノエフェー』だったと言う時の話をしようとした事がある。
ただでさえ酔ってる上に訛りがきつい地域の人間なので「『コノエフェー』って何だよw」と毎回思いながら
その話をしかけて祖母に止められる、という流れを眺めていた。
どうもその『コノエフェー』をしている時、東京にいたらしい。
そしてその事は田舎の人前で話していいものでは無さそうだった。

じいちゃんが死んでから母に謎の『コノエフェー』について聞いてみたら
『近衛兵』の事らしい。
『近衛兵』…?皇居警備してたって言うアレ?

うーそーだーろーwwwえー信じらんないわー、あのじいちゃんだよー?
母と私が疑うのは一致していたが、よくよく聞くと嘘でもないっぽい情報も聞こえてくる。
家族が退く程皇室グッズや写真集を集めていたりする辺りもその思い入れと合致はする。
そして人前でその事を話すのを咎められる理由。
田舎人のハイパー嫉妬を引き起こすからだと言う。
これだからこないだまで石器時代だったような村は、と再びdisる。

その後、第二次大戦で大陸を行軍し東南アジアのどこぞで脚を撃たれ日本に帰ってきたそうだ。
これをたった1行で流すのはどうかと思うが、確実にじいちゃんの人生に大きな影響を与えたのは間違い無さそうだ。
じいちゃんは『コノエフェー』時代の話をしようとする時とは反対に
「本当にあれはキツかったし死ぬと思った」というような気持ちやエピソードが全面に出てくる。
第二次大戦は祖母の記憶にも暗い想いを塗りたくって行ったのだろう、『戦争の話あんまりすんなじゃ』とまたじいちゃんは叱られていた。

しかしじいちゃんが話しかけた内容は推測するに「俺凄ぇんだぞ」というような自慢話に繋がる気配はまるでなく
「東京にいた時何もかも違って凄く楽しかった」とか「全然違う地方出身のマブダチの話」
そんな楽しかった思い出やカルチャーショックの話をしたかっただけだったんじゃ?

そんな話も誤解を恐れて咎められ、話したいことも話せずに日々を送ったと思うと
もう少しじいちゃんの事を知りたかった、もっと話を聞きたかったと今更になって考えてしまう。
話して欲しかった、聞けばよかったと。
結局何者だったかもよく分からないで今に至るし。
ただかーなり個性的な酒好きという点はバッチリ伝わっているが。
本人からすれば不本意だろうか。
じいちゃんも『何かの過去』から逃れる為に酒に溺れたのだろうか。

今その孫もアルコールの沼に脚を突っ込んで、何となく思い出さずにはいられないような心境になり。
普段思い出しもしねぇクセにこんな時にどうしてまた。
半分、いや多分完全に酔いながら霰のように想うところあり。
そもそもただただ『ある過去』から逃れたいだけなんだが酷い惨状を呼び込んでしまったものだ。

気が向いたらその内墓参りにでも行くかね。余程気が向いたらね。
だってちょっと前まで狩猟生活してた場所だしー、と再三に渡りdisる。
その地は私の中では魔界に同じ扱いだ。
ただ不意に亡くなった人の事を思い出したら止まらなくなったというヤツだ。

ダブルメロンおいひーですwww⊂⌒~⊃。Д。)⊃
こんな事を言っていても度々○んだ方がいいじゃねぇかとそこそこの自責の念が涌くんだよ〜。
忘れたい事ほど忘れられないとは日頃骨身に染みて実感しているが
忘れていた事を思い出すのもその身に来るものがあると感じたダブルメロンにハマるダメ人間の心情近況。

2019年4月15日 (月)

親の手術と初めてのSSDと今更すぎるアップグレードの話。

先週、母の大腸内視鏡検査&ついでにポリープも取っちゃうよ、
で、もしも大きくなってたら入院になるから同伴者連れてこいやーとの病院からの指示で
母の検査&プチ手術に同行したんだが…
大病院なんて最近行き慣れてないし、検査前の下剤タイムに母が往復してる間にどこかに呼ばれるのか
こっちからすれば行方不明になるわ、手術の準備が小さいポリープ1つにしては凄げー物々しい様子だったり
内視鏡やってる間外で待っていて照明が真っ青になって
『シュゴー、シュゴー』とか『ヴゥゥゥゥ〜』とか色んなメカニカル音が聞こえてくるわで、
多分母親が出てくるとき別人になってる出てくるのかもしれない…と思ってしまった。
改造はされなかったようだがストレッチャーに完全腹ばい伏せ寝状態で出てきたのは驚いたぜ。

『本人が楽な姿勢だって言うので…』…はぁ〜…そうなんですか…
(当人以外全員そんな顔で)マジで?

何にしても母が一番疲れただろうけどもワァもかーなり気が疲れたな。
無事日帰りで帰る事ができたので入院の準備は晴れて無駄になり今後結果を待つのみとなった。
備えは抜かりなく準備して行ったが世の中には無駄になって良い事もあるのだよおぜうさん。

一つ大きい用が無事済んだことに気を良くして
いつかやらねばならぬと思っていたSSD購入&増設。
20190415
遂に買ったった、やったったwww(おや、財布から血が…?)

草を生やしたものの要領と慣れが不足ゆえ、まー大変だった。
目から血が吹き出そうだったぜ、やはり私はサバクツノトカゲ。

で、SSD増設にあたってこの際OSもアップグレードする事に。
もうとっくに最新OS「Mojave」がリリースされてるこの世の中で、今時「Sierra」へのアップグレード決行。
一定の年齢を過ぎた頃から新しい環境にチェンジするのに戦々恐々としながらやるなんてエラく保守的になったもんだぜ!!
バックアップと保険に重きを置くようになったのは悪いことではない、必要なことだと言い聞かせる。言い倒す。

1にちめ。
SSDをフォーマットしてOSをインストールするぞ。

要領を得ないアナタの為の教訓:新しいディスクを買ったら初っ端からPCに組み込まず、
まず外付けケースで動作確認を兼ねつつフォーマット&インストール作業をせよ。

ただでさえ面倒臭いMacMiniの解体を無駄に何度かやる羽目に。
この解体作業、以前先の事を見越して下段に設置されていたHDDを上段に移動する作業をしていたが、
PC臨終のリスクと戦いながらやっておいた甲斐があって、比較的楽な下段への設置。
上段に比較したらそりゃあ楽なだけで作業として楽じゃねぇよー!!
そもそも何回もやるモンじゃないです。
特にこのメッシュ状になってる部品、外したのは良いが
付ける段階になってネジ穴にちゃんと位置が来なくてネジ止めが上手くいかない。
Dsc_0193
写真は以前開腹した時に撮影してたもの。このパーツを元に収めるのにとにかく苦労した〜。

2かめ。
HDDのデータをSSDに複製して、Time Machineで改めてバックアップを取る作業。
300GBくらいと甘く見ていたが、この作業だけで1日使っちまった。
複製も色々手段を手順を考えながらやっている内に面倒になり、
PPC時代からの伝家の宝刀こと『Carbon Copy Cloner』大先生にお出まし頂いた。

ここぞと言う時に面倒臭くなるお主への教訓:『Time Machine』を有効に使えよ。
標準で付いてるんだから。
お前が持っているその外付けケースは飾りじゃないのよ。

3かめ。
SSDにはシステムとアプリ、その他のデータ諸々はHDDでの運用をしようと考えどうするか考えた末に
今回も先人たちのお知恵に与り、シンボリックリンクを活用する方法で。
ターミナルでできる作業ではあるのだがターミナル慣れ度ゼロに近い私はまたもソフト頼み。
「SymbolicLinker」で楽に作業が進んだ。
その際参考にさせて頂いた記事をご紹介。
https://www.sakumamatata.com/2018/06/symboliclink.html?m=1
https://necobit.com/2012/01/post_684.html
(無断でリンクをご紹介致しましたが、もし問題等ございましたらお手数ですがご一報下さいませ。)

3日かけてSSD騒動増設、ある程度ひと段落としましたが無知と未経験から無駄な作業が多かったと後悔も。
あ!あとSSDのTrim有効も忘れずに!
これは素直にターミナル使おう。

実際やっぱりかなり惰弱なオンドレの為の教訓:オンドレのレベルだと1日で終わる訳がない、終わると思うな。

間違いなくフル稼動したPCの方が疲れるに決まってるが、ワァも疲れたよパトラッシュ。
Sierraの感動は特に無かったがSSDの動作キビキビ爆速ぶりは素晴らしかった。
苦労の末の感動で血涙が出る想い。やはり私はサ(以下強制終了)。

2019年3月11日 (月)

おばあちゃんが言っていた系。

『おばあちゃんが言っていた…定格電流の違うLEDを並列に使う時は
CRDの定格電流もちゃんと変えなさいって…』
_20190311_151000
…ナンカチガクネ?ゼッタイチガクネ?

 

冷静に考えれば青色LEDと赤色LED同時に使うんならCRDの電流も変えとかないと
発光の差が出るに決まってるじゃねーかという基本的な事象を
半田付けに必死で頭からすっぽ抜かしていた失敗例。

 

手を動かす作業をすると脳の血流でも増えるのか、ロクでもない類の記憶の回路の取り出し作業まで活発化する事に悩まされている。
ストレス解消の作業のはずがストレスカムバック地獄と化す。
これも脳の癖とやらなのか。意識的に修正が利くものなのか?(←この辺恫喝気味に)

 

ところでドリルクラッシャーの塗装がまだ完了しておりません。
また今度カムバックストレスに勝てそうな日orアルコールを投入した時にでも。

 

…もう一回飲んだら本当に元に戻ってしまった…マジでヤバイぞこれどうしよう…。

 

 

 

2019年3月 4日 (月)

これは硯だ。炭を持て。

先日スマホのゴーストタップ再発でショップに行ってきたんだが、もう7年も使ってるそうだ。

モノモチイイー!…その間一回ディスプレイ交換とかありましたけど。
ショップでは流石に修理の受付終了で交換しか手段がないので交換してきましたけど…
この先は機種変更という未来が譲らず待ち受けているのを悟った冬の終わり。

まさかショップでコールセンターと繋いで(混み合っていますタイム有り)直接やりとりするとはコレもう家からで良いじゃねぇか!!
ショップに行ってショップが無くても良いようなやり取りするとは思わなかったので軽く憤った経緯。

そんな訳で機種変更を意識してショップ内で現行機種を眺めてみたらエグい程高いか、大丈夫かって位安いか(主にHu○w○iとか○ァー○ェイとか)の2極化の様相。
うわぁ…ポイント使ってもキツいかすっごく怪しいかの2択かよと思いながら
今まで使ってるのがXperiaだったので次もXperiaに出来ればしたいんだけどなぁとネット価格調べてみたら10マソ切ってる。
何 だ あ の 店 頭 の 12 万 、 13 万 っ て。
何で!?どういう事!?

ちょっと調べてみたら店頭ではほぼ必ず頭金を払ってきたが、アレはどうも店自体の直接の収入になるとか。
えっ、機種代じゃねーの!?
オンライン直販だと店舗代が掛からないから純粋に機種代金+通信料になるという情報を見て愕然。

ちょうどショップで交換手続きの際「アドレス帳以外はご自分でセットアップしてね♥」と擬似機種変更手続きの面倒さとショップのアテにならなさを体験したばっかりなのだ。
直販行けるんじゃね?という意見が頭のなかのマジョリティーと化した。

数週悩みはしたものの、ついに清水の舞台からピサの斜塔を転げまわり未完成のサグラダ・ファミリアの一番高い所にブッ刺さる思いで
オンライン直販からポチった。
その時世界は米朝会談に沸いていた。
その時私はロプ・ノールに溶け移動していた。

本日晴れて機種変更したブツが届いたと供に分割払いの負債を背負った。
店頭で「このプラン入りますとお得です♥」「イイデス…」のエンドレスを錯覚させるやり取りが無いとか最高。
事前に買った保護フィルムはともかく凄〜く強そうなケースを装着したら硯になった。
私はスマホだと思い込んでどうやら高級な硯を買ったようだ。
_20190304_183936
このダサさすら醸し出す取り合わせは安心感だと勝手に思っている。
アーマードエクス硯。こう名付ける。
フィルムに異物が一箇所紛れ込んだがゴーストタップ大爆発とかしなければ気にならない。

バックアップはメーカー謹製ソフト『Xperia Companion』から復元しようとトライしたが待てども待てども復元しない。
挙句『このアプリは応答がありません』だって。
スマホの設定から移動させたSDカードのバックアップと『JSバックアップ』のスムーズさに比べて何だこのメーカーソフトの体たらくは!!
SDカードの偉大さに痺れた。

次は高級な炭が必要だな。
度々憤ってしまう事がラッシュしたので気がついたらサバクツノトカゲになっていた。
沸点がガソリン並みに低いのを水のフリして生きるサバクツノトカゲがここに。

2019年3月 2日 (土)

Don't you sing the Sign?

( ゚Д゚)パラマシー! ダシテ プラーイテルタニーヤ ロギ
( ゚Д゚)アーガロディーヤーナ セプタ カーヤアディーヤ!

ある年代に入った頃から金属音が頭に直接金属をぶつけられたような衝撃を持って聞こえるようになった。
周囲の人のクセやイラつきか何か知らないが繰り返される音に激しい怒りと耳の奥の痛みを感じる事が起こり始めた。
それは年々悪化し、意図せぬ自分の出してしまった音にも衝撃を受ける程にもなっている。
耳鼻科でも異常所見はなく試しに投薬、と言ってもビタミン剤だったが全く効果なし。
「聴覚過敏」になって5年は過ぎたのだろう、割とマジで死に至れる病だと感じている。

ここでやりきれないので歌います。
( ゚Д゚)シッタセー! ラクサ キーマワッシュダンナ ロギ
( ゚Д゚)トゥーラアディーヤーガ ルクサ ワーヤカシーヤ!

常にイヤホンや耳栓、イヤーマフまでないと人間のフリもできないくらい支障が出ている。
恐らく鬱からくる症状の一環と考えられ、どうにか付き合っていくしかないものとしているが
ハッキリ言ってどうしようもないって話ですハイ。
生きていると至極当然に垂れ流される音のあまりに多い事か。勿論私もその中に入っている。
それを苦痛感じるのだからとんだ矛盾である。
自分がこの社会の生き物なのかどうかも疑わしくなってくる。

ここで話は飛んで最近『ミソフォニア』の記事を見る機会に巡り合った。
名前は聞いた事があったが「…味噌?」それだけしか頭に残ってなかった。
天下のWikipedia先生による概要によると

ミソフォニア(英語:Misophonia, literally "hatred of sound")、音嫌悪症または音恐怖症とは、まれに診断される医学的な障害である。原因は神経学的だと思われ、特定の音に対して否定的な感情(怒り、逃避反応、憎しみ、嫌悪)が起こされる。小さい音も大きい音もある。ミソフォニアの名前はアメリカ人の神経学者Pawel JastreboffとMargaret Jastreboffに作り出され、「selective sound sensitivity syndrome」(選択的音感受性症候群)とも呼ばれる

Wikipediaとその時見た記事の内容を見るに「聴覚過敏」よりもしかしたらコチラに近いのではないか?
どうも研究の歴史は極めて最近らしく対処に有効な資料はまだあまり出回っていない様子。
つまり今の所どうしようもないって感じだよね。

再びやりきれないので歌います。
( ´3`)ラーステー チーユー ヌーステー!
( ´3`)クースコー セーフー トゥワイエー!

ただfMRIの解析で前帯状皮質と島皮質が異常な活発を示すとの話、
「島皮質」と聞くと以前自分の問題解決の知識ソースに加えた『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』という本の第6章『自分が生きていることをどうやって知るか』の項に繋がるものを感じる。


また帯状回と島の活性が高いというHSP、またPTSDにも関連を考えずにはいられない。
この辺りの考察を深めるのにとても有意なブログのリンクも紹介したく。
『いつも空が見えるから』
このブログでは現代の心理、精神的な問題を専門書を深く読んだ上で
もしかしたら専門家よりはるかに高いレベルで分析、考察しているので興味を持って読まずにはいられない内容ばかりです。

このような知識や情報を治療に関わる人にも是非仕入れてほしいと思うが
このクッソ忙しい現代では余程思い入れがない限り無理かとも思っている。
幽霊の正体みたり、枯れ尾花と古くからあるが
悩みや問題の尻尾や上手くいけば実像もつかまえられたと思える情報も増えてきた一方で
結局頑然と立ちはだかる『今の所どうしようもない』という事実に絶望することを繰り返すのである。

( ´д)(´д`)(д` )パラマシー ダシテ プラーイテルタニーヤ ロギ
( ´д)(´д`)(д` )アーガロディーヤーナ… セプタ カーヤアディーヤー…

頭を抱える時もあるしこの先を考えると絶望しか浮かばない時がちょいちょいある。
自分の音にすらビックリする人間の内面では狂気に近い怒りと衝動が巻き起こっているが
引き続き人間のフリをしたいので全て塞いで抑圧し押し殺して何も無いフリをする。
さらに根幹的問題としてジェンダーの話もあるが、もう面倒臭いのでまた機会があれば。無くてもいい。

そんな風にやってると頭の中ででも全力で歌い叫びたい時が当然ある訳だよ。
(`Д´)イー! ゴ-ナ シープラーヤー!
(`Д´)クステン インワー! シープラーヤー!
(`Д´)イー! セプタ セープラーヤー!
(`Д´)トゥワイエー インワー! シープラーヤー!

(`Д´)ワージッ!

誰か私に「バーサク」の魔法をかけて。
「ベルセルク」だけに。
直近のライブグッズ通販時に個人情報流出したっぽいけど(ショッピングカートもご乱心状態だったけどT_T)まだ馬の骨でいるつもり。

(`Д´)ワージッ!

2019年2月16日 (土)

ダークマターをむしゃぶって。

バレンタインなぞには目もくれずもう終わった事だ。忘れてやれ。

前から薄々気は付いていたけど、気づかないようにしていたけど、
行き詰まったかもしれない。詰んでるかもしれない。
やっぱりそうなんだと思ってしまった今週この頃。

何年もできる範囲ででも必死にやってきたつもりだけど
実際は満足に動けない、頭も働かないの繰り返し。
その間に虚しくも状態は悪化していき時折わずかな光明を見かけるも
あまりに遠かったりこれまた虚しくもかき消されていく事が多い日々。

この状況の原因の半分以上は自分にあると考えられる。
この事がまた自分を一層悩ませる。
どうしたら改善するか。何をやったら良いか?何を考えたら良いか?
実際は真反対の悲観的、マイナス方向への考察と念慮が深まる一方さ。
「もう何やってもどうしようもないんかなぁ」
ここの所ずっと常にこんな気分が付きまとっている。

ある方は私を『真面目に何事も考えすぎだ』と評する。んだな、同意。
またある方は『自意識過剰』と評する。正解!まるで同意。

2人のワタシ評をした前者の方のところに久しぶりに顔を出してみた。
これから何か仕事をしようとしてる最中にも関わらずいつもの笑顔で迎えてくれた。
他愛なく近況を話し合っておくつもりだったが、自分の話すことの流れの傾きに沿って「ぶっちゃけ愚痴聞いて!」をやってしまった。

2人で話しながら仕事をしてると一緒に働いてる人の中に
「この仕事やりたくねー」
「この仕事飽きたー」
「この仕事やってなんの意味があるの?」
「このry」
「女紹介してくれー」
最後に限ってはこのご時世かなりギリギリのラインだが
つまり仕事や日常の中でこんなにドストレートに自分の気持ちを話せる人。
要するにうらやましい。
自分も言えたらと思って言ってみた所で同じようにスッキリしたり気分が良い方向を向けるのかはまた別の問題として
自分の不利益につながるかもしれない事を省みず、正直に自分の気持ちを外に放てる事。
おそらくこの話をしていた2人にはなかなか難しいようで
そんな事を出来る人がうらやましくもあり、時には魅力的に見えるという話をしていた。

よく自己改善のアドバイスや書籍の文に『ありのままの自分を受け入れましょう』
『自分の短所を受け入れましょう』とよく出てくる。
言うは易し、行うは難しと言ったものでこっちからすれば「どーやってやりゃいいんだよ?」
取扱説明書がついてる物と違ってその手順や手法はまず併記されていない。
分かってはいるけどどうしたら良いのか判らない、自分が追い詰まってる壁柄の一つだ。

前述の方と話していて幾つかヒントを得られた。大収穫でした。ついでに大漁旗も揚げる。
その中でも『自分のダメさの周知』にハッとするものがあった。
もっと踏み込めるなら『自身のダメっぷりのオープンソース化』だろう。

それぞれ皆人は苦心の中を歩いているのだろうが、個々の人が持ち合わせてる手札は大体限られている。
何でもできるぜ、万能特性!というパターンはここでは放っておく。
それぞれの持っている手札は似通っている事もあれば全く違う事もある。
ただ持っていない手札は使えない。
それぞれにはできる範囲があると同時にどうやっても出来ない所もあるのだ。

人は自分の出来ない所、ダメな所はできれば隠したいと思う事がよくあると思う。
それは周囲からの自身の不利益につながる不安からだ。
ところがその『どうやっても自分には出来ない、ダメ、無理』を周りが周知してたらどうだろうか。
その方の1例を聞いただけとは言え、その場合「これに関してはホントダメだね」「この技術全然成長しない人だよね」という認識を周りの全員が理解していると同時に
「どういう事ならできる?」「これだったら出来るよね」「こういうのなら任せる」と自分から他人からの提案が生まれる。
その上で多少気が楽にやっていけるなら、これは...大いにアリだ。
行き詰まってるから尚更「私ダメな所オープンソース化」にようやく目が覚めそうな気配を感じた。

それをいざ実行するのは簡単ではないだろう。
もう一人が評した通りの自意識過剰が邪魔するだろう。

私自身の自意識過剰っぷりをもう一方の仕事に取り掛かろうとした所をどんよりフェイスの人間の愚痴に付き合わされている方は
『凄くよく自分も周りも見て分析している、しすぎている』と評した。
この事は自分の悩みに多大な影響を与えているのは知っている。
だけど『考えすぎだけど、そこがすげー所』と話してくれた。
長所も短所もまとめて肯定するというのはこういう事かと目の前で見せて頂いた。
自分が求めて彷徨っていたヤツというはこれか。

帰り際、自分のできる範囲で丁重にお礼を言って去った。
もちろん傍目どこが丁重じゃボケェと言われるような有様だったのかもしれない。
心が追い詰まると身近なあらゆるものが見えなくなり視界が狭まっていく。
たまたまこの日狭い視界にとらえ気が赴くままに立ち寄った完全にご迷惑な客だったが
このように自分ごときの事を度々気にかけてくれる存在がいる事に
帰ってから涙が出た。この事は内緒だ。
そして日頃は当然だが今回は心から最大限の感謝を表したいが、したらしたで余所余所しい気がして
ただ記憶に流して遠くするには余りに惜しいと思い書き残す事にした、
今しかも酔っちゅーしwww
(こういう辺り自分の血の色を疑いたくなる)

2月、内面で特に散々色々あって「もう飲んだるわ」を数回解禁してしまっている。
今まさにそーだしww
これも「私ダメな所オープンソース化」の一環だと思え、この意志の弱さ!!

もう弱ってるところにスマホのゴーストタップ爆発再発が重なってくるわ
ショップに行って何だこの一連のやりとりは、自宅からで良かったじゃん!?と内心憤ってみたり
もうとにかく参り果てそうな最中に「またおいで!」と笑顔で見送ってくれた方に
重ねてコッソリ篤い感謝を捧げたく。

あと次飲まずにいられなくなるまで飲まない。(←意志の弱さを篤く感じて)

2019年1月10日 (木)

異常ではありません。正常です。

えへへへ、うふふ、うふふふふ…
んふふ、んふっ、うふふふふ、
えへへへへ、ふふっ、ふふふふふ。
_20190111_1854511

(※意訳
市内電機店にRGサザビー発見情報を聞いて、この冬最初の物欲奮起、意欲が帰ってきたー!?
途中までバスで行こうとしたのにうっかり乗り遅れてしまい真面目に徒歩で行く事にしましたが
冬道、ブーツ、靴擦れ!
我ながらマゾい…万が一RGサザビーが無い時の為に第三希望まで想定して行ったものの
店の棚には第二、第三希望の影は無く。
大体年末年始を超えた棚に商品が豊富にある可能性自体が少ない訳ですが
1個だけ、あったよサザビー!会いたかったよー!
この「1個だけ」って前もあったような…。
パッケージを眺めてるだけでもう満足しかけてますが、作るよ!
蓋をちらっと開けてパーツ数に一旦閉じたけどね!)
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結論:やっぱり正常じゃない。

2019年1月 1日 (火)

明けちゃっておめでとうございます。

Blog_nenga2019
今回のテーマはなんちゃってサイバーバカー!!
昨年のヒットキャラがキョエちゃんだったので。
主役は中央にいるとは限らない。

あと年末年始の嫌気がさすくらい上向きなテンションにやられて酒飲みました。
しばらく飲まない気概を再稼働させねば。
2ヶ月半耐えられたので次はそれより長くいきたいと静かに思ふ。

«これで今年の私事納め出来るのかっ!?