2020年1月23日 (木)

トレース台2号機完成。

昨年からやりたかったけど出来なかったことの一つに「水彩紙を透過できるトレース台を作る」というものがあった。
今年の初めあたりまで生命レベルで無気力と無力感に嵌まっていた中唯一手がついた事と言えるかも知れない。
20200123_1
20200123_2
B5サイズに総計117個のLEDを配線するとか自分でも無謀としか思えない設計。
そして行き当たりばったりの調光ボリューム&電源USBとDCプラグのハイブリッド電源という強欲仕様。

今回の目玉の調光ボリューム100kΩはやり過ぎたと後悔。
ボリュームMAX以外ほとんど使い場がない。
目を休めたい時に絞るくらい?じゃあスイッチ切れよと言える暗さ。

課題の水彩紙の透過。
コピー用紙の上に水彩紙を置いてテスト。
20200123_3 
薄い水彩紙はバッチリ透過。

20200123_4
300gモンバルキャンソンは何とか見える透け具合。
下書きが薄いと透過しないかもしれない。
まぁまぁ合格としたく。

天面のシートを固定するネジが地味に邪魔なので使う際にフィジカルが求められる面倒さ。
これが素人工作の醍醐味!そして最悪ゴミになるリスク。
100円ショップと秋月電子にはパーツでお世話になりっぱなしでした。

完成したところでなんですが、描きたいものが今無い。
完成後の喪失感なう。

これから直近の生きる楽しみがDIMLIMの『MISC.』リリースだけだで…。本当に配信の日が楽しみです。

2020年1月 3日 (金)

「こんな年賀状は嫌だ!」年始編。

加筆を繰り返している最中ですが取り敢えずここに載せとく。
Nenga2020_web_n
年賀にこれが届いた方。
描いた者が未熟な為最後まで出すことを躊躇しておりました。
未完のものをお届けして新年からお詫び申し上げます。
年が変わろうと年号が変わろうと心も人間もそうそう変わらない様です。

(しかしそんなんで簡単に変わる人間もどーかと思うよ私は?)

2019年12月25日 (水)

グッバイ・レコード。

201912251
下の広告の品求めて先週末、地元歩き回ったけど全滅だったよなぁ〜、
これぞ「徒労」って日だったなぁ〜。

218日。
今日までよーやってきましたけど
もう良いわという心境に至り。

サヨナラ今日までの記録。
201912252
これが恐ろしいもので罪悪感が全くない!
何もないのに呑んでる間何故か楽しいんだもの、アルコールって絶対ドラッグだよwww

もうとうの昔に虚しくなってると、不思議とどうでも良くなるね。
明日の事はもう判らないし知らないよ。

2019年12月12日 (木)

今日言い残した事。

師でもないのになんとなく忙しくした方が良いような時期。
明日以降の己に向けて言い残した事がある。
20191212 
明日以降の己はまず判読出来るかが最初の課題。

いつも私の乱筆で書かれた物を見ている事に心当たりのある方がご覧になりましたらば、
どうしようも字下手の正に「乱筆」、常々サーセンです。

そろそろこういう作業の時期。『今年は(も)間に合うかどうか判りません!』

2019年12月 8日 (日)

200日経過云々。

ちょっと前までほぼ1年ぶっ続けでストロングゼロ飲みまくってたヤツが
Screenshot_20191207190829
断酒200日に到達しました。
よくやった、大方の予想を覆したぞおめでとう、私。
馬鹿野郎、私。
ついでにフジロックの駄目押しですっかり馬の骨にもなりおって、私。

その他近況。
メンタルの薬の変更で一悶着あるが、人が変わったようになってきた。良くも悪くも。
後であんまり良くない薬でしたとかそういう事が無ければこのまま様子を見たく。
よく考えれば広義に捉えれば「ヤバくない薬」はそもそも存在するのかとも思ったり、
ガタガタ言ってないで大きな支障が無ければお医者さんの言うこと聞いてちゃんと飲みましょう。
酒はまだ飲まない。
まだ耐久レースは続ける所存。

最近ビーズスパイラルというものを動画で知り簡単そうなのと
構造式のようなフォルムに興味を持ったのでやってみた。
実は2作目。
20191208_1
100圴パールでねじねじ作ってみたが良い感じに捻れなかったので、
中にちょっと装飾したワイヤーを突っ込んだら良い感じに捻れた。
接続する部分の事を全く考えていなかったので中途半端な構造に。

ちょっと不満だったので第3弾リベンジ作。
20191208_2
また一発で綺麗に捻れず、フリルか海に漂う海藻のようになったので
捻れるようにもう1縫いしたらば写真のような形に。
形は結構気に入ったけれども、色が好みじゃない。

そもそもパールが似合う人間ではない。

まーたどうしようもない物を作ってやったぜ。
自分が行う手芸に於いての恒例の問題。
「作った」という事実があれば大方もう満足できてしまう。
20191208_3

2019年9月22日 (日)

「誰得」を追求するルート。

前回から描いていたイラストを差し置いて「仮面ライダーゼロワン」を仕上げてしまいました。
シンプル+サイバーなんて超がつく程好みなんだよなぁ。

しかしブラックライト撮影難しいなー。
20190921 
アクリル絵はこういう飛び道具のような画材も使えるし
メディウムに手を出すと表現方法を試す幅が広がって奥深く、楽しくなります。
こういうのって「どこで使うんだよ」と思ったらアイディアの分岐元が消えちゃいます。
1年の内描いたり、作ったりできる時間は限られているので
出来る時に無茶苦茶やったろうと思ってしまいます。

マットメディウムがアナログ絵のスタメン入りしました。
上からラッカー塗料使っても多少ならヘーキヘーキ!
コピックが滲む場面でも下塗り、上塗り適宜してやると色塗りが快適になりました事をご報告。
こんな風に恥も下塗り、上塗りで活かす手段はないものかと考える。

今の所無い。

2019年8月31日 (土)

いつだったか臀部から絵具をぶちまける海外の美大教授を視たような。

ドクターマーチンピグメントを引っ張り出して、前回のイラストの続き。
20190831_1
ハチャメチャに塗る。
というか水と色をぶちまける。
勿論、筆です。
珪藻土下地なくらいだから絵具の吸い込み激しいかなーと予想してたがそれほど吸わない。
調度よく『色がのる』という感触。
下地でもっと珪藻土を厚塗りしたらこれはまたどうなっていたか試してみたいところ。
乾くまで時間が掛かるのと、絵具のコントロールがうまく行かず苦戦。

休憩。
20190831_tsubakuro
…口先だけですよ。
ノンアルコールビールも成果に一役買ってくれてますが
最近はもう炭酸水で良くない?と思えるように。

続き。
コピック0番でひたすらボカす、馴染ませる。
20190831_2
コレをやるとコピックのブラシが物凄く汚れます。
汚れも利用しつつ。
と、言うか胡粉ジェッソの上に描くより絵具がよく溶けるような。
もしかして珪藻土は絵具の定着力がちょっと弱いのかな?
(薄塗りで言うのもかなり説得力に欠ける考証)

この後?ノープランwww
さて、どうしたものか。
臀部は使わない。この先も使わない。

2019年8月29日 (木)

100日目諸々。

数日前、以前より気になっていたダイソーの珪藻土ペイントと漆喰ペイント、
それとクラッキングメディウムの3つ。
¥100だけどイラストには使えるかどうか、テスト用のボードを作ってみた。

比較用の下地はお気に入りのリキテックスの胡粉ジェッソ、
クラッキングの上塗りは汎用性の高いリキテックスとダイソーアクリルガッシュで実験。
20190813
パッケージに「サラサラ」と書いてあった漆喰は粒子が入っていて、一番ザラザラしとるやんけ…と。
珪藻土は塗った感触からして胡粉ジェッソの代わりを務められそうな良い感じ。
クラッキングメディウムはアクリル絵具ならちゃんと割れる様子。
2016年にこのブログに実験結果を載せたヌーベルのクラッキングメディウムよりバキバキに割れる。
分厚く塗ればもっとバキバキ割れるんだろうか?

正月以来サッパリイラストを描く時間と体調を整えられずモヤモヤモラモラしていたので
珪藻土ペイントを下地にダイソーキャンバスに描いてみよう!
20190826
珪藻土下地は描き心地もそれ程違和感なく、絵具のノリも好感触。
ただね…
ここ2年くらい描くモン『頭大丈夫か?』と言われそうな作風しか出てこない…。
ペン入れと水彩色鉛筆で様子見塗りしたところで頭ダイジョーブじゃなくなってきたのでまた後日。
その代わりという訳ではないが肩と首がここ数ヶ月吐きそうなくらい痛い。

ところで本日で断酒100日を迎えました。
20190829
長かったー!辛かった!!よー100日続いたわ。
けどこの先できればずっと飲まない気概を持ち続けると思うとまだまだ先は長い。
「AlcoDroid」で飲酒量管理し始めて間もなくその量を客観的に見てドン引きしてしまい
「まず一週間でも…!」と断酒にトライ。
これまでの間に血液検査で肝障害が出てなかったのが意外であり不幸中の幸いかと。
目標は小さい方がやり易いと感じました。
寄って、次の目標は108日とする!!

2019年7月31日 (水)

その更に向こうは黒。

大変唐突ですが。
昨日を以って断酒70日目に到達。

然るに本日は71日目。
71日目にしてレッドゾーンに立つ。
20190731_152006 

レッドゾーン上で右往左往し立ちすくむ今日。
虚ろに「次は80日目を」。

2019年5月13日 (月)

壊れた叙情の散文詞。

細かく語れることではないのだが2年ほど前にあった出来事が忘れようとしても忘れたくても
日常のあらゆる隙に絡みついて想起される毎日を繰り返し
この1年くらい自分の人生に焼きつき続けた。

人間関係の中にいるとそれは遠い知らないよその国のように思え、
好きなことをしようと向かっても「その出来事」が形を様々に変えて頭の中に浮かびだしてくる。
笑ってる日常が理不尽で片付かない事で消えるという目で見えるようになってしまった。

私は「その出来事」というものの当事者ではないのだが
その傍らでどうする事もできず、無力感に苛まれ
結果的に一人の人が何の落ち度もない事で壊されていく様子を見ているだけだった。

その過程で人生でここまで他人の事で逡巡した事があっただろうかと悩んだ。
そして最後、
私は何の落ち度もないその人の手を離してしまった。

「その出来事」に接していた期間は1年を超えるかどうかだったが
自分の信じていたものが消え
価値観はひっくり返り
無力感に絶えず苛まれ
罪悪感と自分への失望に今も責められるような想いが続いている。

「当事者」にしてみればこんなものとは比べものにならないくらいだろう。
自分もそのまま手を離さなかったとしても良かった結果というのは全く想像が出来ない。
つまりは逃げたのだ。

この結果だろうか、
笑えなくなり
目の前の出来事は莫迦莫迦しいくらい遠くなり
『楽しい』とは何のことだか解らなくなり
動けない日は「その時」のような無力感がオーバーラップし
自分という人間の反吐がでるような正体が度々ちらつき
誰かと心を通わせる事などもう出来ないのだろうと心底から感じ
生きている感じなどとうに無くなりかけている。

誰かにそうそう話せる「出来事」じゃない。
でも自分には請け負いきれなかった。
そして思い切って話そうとしても誰も他人の不幸話なんて聞きたい訳がない。
そして事は複雑だ。
聞いてくれたという稀有な場面でも『囚われすぎだ』とあまりに判りきった事を言われ
もう話せることはないのだろうと失望を味わう。

「当事者」の彼が度々言っていた。
「もう誰も信じられない」
「誰も助けてくれない」と。
私はこの1年前後、彼が感じたであろう絶望を違う形でなぞっている。
まるでその後を追うように。

自分の信じていたものは簡単に消える。
価値観など簡単に吹き飛ぶ。
ただただ無力だ。
絶えず罪悪感と自分への失望に今も責められるような想いが続いている。
そして理不尽など甘いと言う事がこの世界には実在する。

今がいつもどおりだと言うのならそれが異常だ。

人が壊れて行く姿を見た事がないならただのラッキーだ。

今笑っているのなら絶望を忘れているか知らないかの証だ。

私は絶望を違う形でなぞっていると言った。
<どうしようもない>
どれに向けられた言葉であれ、あまりにシンプルで鋭さのある言葉。

そしてこのまま私は死んで行くのだろうな、と心底から感じた昨今。
もう『ただの日常』は私の中から消えてしまったのかも知れない。

これは断じて遺書ではない。

«フラストレーションの向かう先。